クリシュナムルティの言う「条件付けの川」から出るとは?

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クリシュナムルティの重要な比喩「条件付けの川」とは何か?

私たちが通常「自分の心」と呼んでいるものは、過去の記憶、知識、伝統、恐怖、欲望が渦巻く「川」のようなもの。思考は川の一部であり、私たちの思考は、この川(過去の蓄積)から生まれる単なる反応に過ぎません。これが条件付けの川です。人は皆、この川の中にいます。

よくよく自分を見つめてみると、外側で起こったことにただ機械のように反応しているだけだとわかります。自分で分かりにくい場合は、他人を鏡にさせていただくととても分かりやすいです。

例えば1つの例ですが、家族など身近な人と、どうでもいいくだらない話をしたときに、ちょっとした意見の相違で相手がいきなり強く反論してくることってありますね。その時すぐに「これはただ反応してるだけだ」と見抜くことができれば、もうこっちのもん。

反論があれど、なにもムキになって反論する必要はなく、ただ静かに「意見が違うんだけど、私はそう思わないけど」と冷静に話せばいいだけなのですが、人はこうやって身近な人であればあるほどムキになってカッとなって即時反応してしまいがち。

これが条件付けの川の中にどっぷりはまってる人の対応と言えます。同じことを自分もやってるなと気づくと、反論する前にハッと気づくことができ、無用な争いやキツイ言い方はしなくなっていきます。条件付けの川の中で一緒になってムキになって言い合うのではなく、こちらは川から外に出て知性を出すのです。

SNS等でも流れてきたポストに対して即反応して怒ってる方々がいらっしゃいますが、川の中です。タイトルやサムネで煽っている動画(大変なことが起こりました!!など・・)は再生回数が回るのでお金になります。サムネで煽って視聴させ、川底に引きずり込み、あなたの怒りや不安を掻き立てる仕組みです。その動画をクリックしたのは、自分なのです。

私という錯覚はどこから発生?

川のなかに小さな渦ができると、その渦が「私は独立した個体だ」と主張し始めるのです。これがクリシュナムルティの言う「私(自己)」の正体です。しかし渦もまた川の水でできているため、川の流れ(人類共通の苦しみや条件付け)から逃れることはできません。

知性が現れる場所

「知性」はこの川の流れ(思考のプロセス)の外側にあります。

思考の静止

思考が「自分は限定的であり、不完全である」という事実を深く理解したとき、思考は自ら静まり、活動を停止します。

自動思考がない、「静寂」。

川から出ること

「時間をかけてもっと良い私になろう」という努力を完全にやめたとき、意識は「川の流れ(時間)」から一歩外へ出ることになります。

知性の発見

その静寂(思考が介入しない状態)においてのみ、知性が働きます。この知性は、個人の持ち物ではなく、普遍的で広大なものです。

知性と行動の関係

クリシュナムルティは「知性が思考に命令を出す」という構図を提示しています。

知性の役割

知性は「真実」を瞬時に見抜きます。

例えば、「分断(私とあなた、という区別)は破壊的である」という真実を、知性は理論ではなく「事実」として見ます。

思考の役割

知性によって真実が見抜かれると、思考はその知性の指示に従う「道具」へと変わります。

結果

すると、これまでの「私」というエゴに基づいた断片的な行動ではなく、全体との調和が取れた「汚染されていない行動」が可能になるというわけです。

条件付けの川の中では自動思考が渦巻いていますが、ほとんどの人はそのことに全く気づいてません。なぜなら自動思考は言葉を覚えた幼少期から始まっており、ほぼ無意識なのです。

クリシュナムルティは、この「川(人類の意識の内容)から出ること」こそが、人類が危機を脱する唯一の道だと説いています。

「知性」が日常に働くと、私たちの生き方は「反応する」ことから「直接的に行動する」ことへと劇的に変わります。

この「知性」が働くためには、特別な修行や勉強は必要なく、ただ「自分の思考がどう動いているかを、静かに観察する」ことが唯一の入り口です。

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具体的な実践のイメージ

例えば、誰かに否定されて「イラッ」とした瞬間を想像してみます。

  1. 気づく →「あ、今、自己防衛の反応が起きたな」と気づきます。

  2. 名付けない →「怒り」という名前さえ脇に置いて、その胸のざわつき、体温の上昇、思考の激流をそのまま感じます

  3. 動かない → その不快感から逃げようとしたり、相手を論破しようとする思考を動かさず、ただそのエネルギーを凝視します。

あなたがその思考や感情を、一切の防衛なしに、完全に、徹底的に見つめることができたとき、その対象は跡形もなく消え去ります。そこに残るのが「静寂」であり「知性」です。

条件付けの川から出たところってどこ?

日々の日常で、この「観察」を続けていると、あるとき自動思考がふっと途切れる隙間を感じることができます。その隙間こそが「条件付けの川から出たところ」です。

条件付けの川から出た知性による即時の行動、にご興味あられる方は、まずは日常の小さなイライラや、浮かんでくる雑念を「ジャッジせずに眺める」ことから試してみたり、「自分がついつい反応してしまうパターン」に気づくことから始めてみると、いいんじゃないかなと思います。

人間は外側で起こったことにただ反応しているだけだ、とわかると、世界の見え方が変わり、かなり面白いです。

  • クリシュナムルティ→条件づけの川から出よう
  • グルジェフ→自己想起せよ
  • ティクナットハン→頭を明晰にするマインドフルネスで生きよ

表現は違いますが、同じこと言ってます。

マークトゥエイン(1835-1910)の「人間とは何か」では、人間は環境に支配されながら自己中心の欲望で動く機械にすぎない」と言っています。機械のようにただ反応してるだけだと。

とても面白い本。

漫画版もあります。

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