要約と結論|クリシュナムルティと物理学者デービッド・ボームによる対談 第二回「意識の進化とは存在するのか?」

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第一回「思考が関係しない行動は存在するのか」の続き。

1983年6月20日 イギリスのブロックウッド・パークで行われた、クリシュナムルティと物理学者デービッド・ボームによる対談 第二回「意識の進化とは存在するのか?」の要約です。

この対談の主なテーマは「意識(精神)の進化は存在するのか?」であり、心理的な時間の概念や脳と心の関係について深く掘り下げられています。

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心理的進化の否定

クリシュナムルティは、身体的な進化は存在するが、「心理的な進化(自己が時間をかけて良くなっていくこと)」は錯覚であると主張します。「いつか悟る」「いつか変わる」という「成ること(becoming)」の概念そのものが、変化を妨げる要因であるとしています。

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「脳」と「心」の区別

脳は、過去の経験、知識、伝統によって「条件づけ(プログラミング)」されたコンピューターのようなものであり、物質的・化学的なプロセス(時間の中の活動)です。

心は脳とは異なり、条件づけされておらず、普遍的で無限なものです。時間や空間(思考が作り出す空間ではない)に縛られません。

関係

脳が静まり、思考の活動が止まった時(沈黙)、脳は「心」と接触し、その道具として機能できるようになります。

※自動思考が停止する「沈黙」のことです。

「私」という条件づけ

「私」という自己中心的な意識は、脳の条件づけの結果であり、分離と葛藤を生む原因です。この条件づけが世界に破壊(戦争、苦しみなど)をもたらしています。思考が自らを改善しようとすることは、条件づけを強化するだけであり、根本的な解決にはなりません。

戦争や苦しみと書くと自分とは関係ないように聞こえるかもしれませんが、日常に起こる他人とのちょっとした言い争いや、不満、嫉妬、怒りなど、些細なこともすべて「私という条件付け」があるため起こっています。

洞察による脳細胞の変容

心理的な苦しみや条件づけを終わらせるのは、時間の経過(努力や練習)ではなく、「洞察」。

洞察は思考を超えた「心」の働きであり、瞬間的なものです。深い洞察が起こる時、脳細胞そのものに物質的な変容が起こり、古い条件づけの回路が拭い去られると説かれています。

観察者と観察されるものの合一

対話の終盤では、「観察する私」と「観察される対象(怒りや苦しみ)」の間に分離はないという点(観る者は観られるものである)が強調されます。この分離がなくなった時、葛藤が止まり、高いエネルギー(注意深さ)が生まれます。

例えば怒りがこみ上げた時、私が怒っているのではなく、ただ怒りだけがある、ということ。

結論

意識の進化(時間による向上)を待つのではなく、今、この瞬間に思考と時間のプロセスを静止させることで、「心」の知性と慈愛が脳を通じて働くようになります。それが人類の未来を変える唯一の道であるという、深遠な対話が展開されています。

要約は以上です。

最後の結論ですが、もう少し簡単に書きますと

「時間経過によってそのうち良くなることはないので、意識の進化を待つのではなく、即時、頭の中のお喋りを(自動思考)をやめること。そうすると何か問題が起こって対処が必要な時も、「私が、私が、というエゴ」を介さない行動が(すぐに)できる」

ということになります。

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