SNS依存をやめる→手放したら引き寄せが即時働いた。全身麻酔の話を少し

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個人的な体験談です。

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アプリ削除

9月24日、とうとうツイッター(X)のアプリをスマホから削除しました。スマホから削除しただけでアカウントはそのまま、PCから見ることは出来る状態にしてあります。PCは毎日電源をつけない、PCからSNSを見ることは殆どなかったので、私の場合は多分これで依存は剥がれる、大丈夫と考えました。

SNSという便利なツールを完全にやめるというのではなく「依存」をやめるということ。
何事も、依存や執着を持ってなければ、それは単に便利なツールになる。
使用者の使い方次第で真逆に作用する。

エゴツール?と大師の教え

解脱の真理 ヒマラヤ大師の教え」を読んでからというもの、この本は私にとって強烈な意識転換を引き起こしたもので、「私にとってこのツイッターというものは、単なるエゴ(自我)強化ツールになってやしないか?」と時折悩む状態が続いた。悩むと言っても凄く悩んでいたわけではなく、投稿するたびにモヤモヤっという何とも言えない、言葉にすらなってないモヤが発生していたくらい。けれどそれは2~3カ月ほど続いた。

SNSは自分が投稿したいことを好きに書いているだけなので、それでいいはずなのに

自我(エゴ)は、本当の自分ではなく偽物の自分なのである

という大師の教えを知って衝撃を受け、確かにそうだ。。と腑に落ちてしまったもんだから、そうなるとモヤモヤ発生&エゴ強化してどないするねん、真理とは真逆に進んでいるやんか、と。。なった。

あくまで、ツールを使う使用者の「使い方の問題」なので、私は使い方がダメだったというだけのこと。上手に使っている人は沢山いらっしゃる。

しかし一方で、洗脳ツールになったり、同じ思想の投稿ばかりがタイムラインに流れるよう操作されているので、いろんな意見を知ることはなかなかできず、偏った思考に固定されていく、それが問題かなと。

Facebookも同じだった

実は昔、Facebookでも同じことで悩んだことがあり、全然楽しくないんだけど?なんて思っていて、でも繋がっているのは元仕事仲間やリアル友、リアルな知り合いばかりなので、アカウントを閉じることはできないし、閉じる意味もない。

その時スマホからFacebookアプリを削除し、ウェブからもログアウトし、FBからお知らせのメールが来るという設定も全てオフにした。簡単にアクセスできないようにするだけで自然と苦しみなく執着心が消滅していき、気づいたらFBの存在すら忘れていた~になれた。

海外に住んでいた頃は時々投稿を再開させていたけれど、日本に帰国したらもういいやとなり、今は毎年誕生日のときに生存確認のごとく友人たちからメッセが届くというだけの使用頻度。FBへの執着ゼロなので、このまま生存確認だけの利用でOK!

ツイッターへの依存度は自分でも全く気づかなかったけれど結構高めだったと自覚。投稿頻度は高くないものの、スペースとか面白い話を聴けるのも魅力でした。
しかぁし~、消しちゃった。

エゴの反抗と本物の私

アプリ削除する行動がなかなかできず意を決しないといけなかったですが、削除したら「あ、消えちゃった~」で、なんかすっきりした感覚になり、寂しさもなかった。つくづく、あれこれ思ったり考えたりするエゴって偽物だな、ほんとは削除してすっきりしたやん?これが本物の心だったよね?と笑ってしまった。消すまではエゴが頑張って「消したらあかん」とやってたのである。

SNSは「いいね」がつく、つかないで何か心にくるものはないでしょうか?
いいねがつかないと自分の投稿は不必要どころか迷惑なのではないか、人を不快にさせているのではないか、、なんて妄想が働き出したり、逆に沢山いいねがつくとアドレナリン大放出でエゴが喜びまくったり・・ここまでくるともうビョーキw
依存のビョーキなのです。

エゴは「しめしめ、、、もっと苦しめ~w」とやっているのです。

やめろ~~~!(本物の私の小さな囁き)
早くやめろ~~!

2カ月前くらいからでしょうか?その感覚が湧きあがり、でも執着があるからなかなかやめられない。執着なのだ、エゴの強化なのだ、自分が目指す方向と逆走してどないすんねん、と自覚するようになってまでも、やめれないのはエゴがそれだけ強烈なのです・・

問題は心の執着
無意識にそこに手が伸びて、それをやってから後悔したり嫌な気持ちになったり、自己否定する気持ちに繋がったり・・はたまた嬉しくなったり・・

(そうならずに心から楽しめている人には全然問題なしョ)

そんなこんなで、「解脱の真理 ヒマラヤ大師の教え」を読み、意識がぐおんぐおんと爆音を立てて崩れ落ち、しゅ~ん・・・となったあと再起動した新しい私は、「依存や執着に気づいたら、手放そうね。出来るだけ早く、そして、手放しが苦しみを生まないよう出来るだけ穏便に。」

アカウント閉鎖しちゃうくらい思い切ったことをしなくても、ツイッターも依存しなければ良いので、そうなれたと十分確信するまで、手軽に起動してしまうスマホからは削除。

ちなみにインスタは全く依存してないので、スマホにアプリが入っているものの、1年に数回しか起動せず、使い方すらわかってない・・このくらいの低意識が理想。へたしたら1年に1度も開かないこともある。

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手放し→解放感→引き寄せの法則が働いた

これはオマケみたいなもんですが。

解放感

9/24にアプリ削除し、その日、外出したら。。
森林の小径を自転車で走行する私の心には「解放~」という、今まで感じたことがないような「やっと戻ってきた、やっと元の場所に戻ってきた。元の私の感覚を取り戻した」という感覚が湧きあがり、驚きとともに感動を覚えました。

いやぁ~何よこれ?って感じですけど。
それは、やっと心の安住を得たような。。
笑ってしまうでしょう?
たかがスマホからアプリを削除しただけでたいそうな。

でもそれくらい、依存度が高く執着していたのだということを理解しました。
しかもその依存に、自分は長年気づいてすらいなかった。←これが大問題。全然自己観察できてないじゃないの~。

そして翌日9/25

手放して、その空いたスペースにすぐに舞い込んだものがありました。
少し前から「機会があったら全身麻酔について、麻酔科の医師に聞いてみたい、絶対聞きたい・・」と結構熱望していたことが、なんと先生のほうから私に電話がかかってきて、そのことについて聞くことができた~!

何なのこれぇ~?
信じられない。
引き寄せた。

全身麻酔について聞きたいことがあったけれど、そんなことで超多忙きわまりない先生に連絡などできぬと、いつか話せる機会があったらいいな~でも機会はないなぁ・・数年以内にはそんな機会ができるかもしれないなぁ~くらいに全然期待もせず、でもどこかで「聞きたい、、」と熱望。

向こうからアクションが起こされた。

これは私が執着を手放そうと実行し、解放された感が沸き起こり、そこにスペース(空白)ができた為すぐさま願っていたことが滑り込んできた、という図式で考えるとすっきりする。

麻酔科の医師は私の知り合いなのですが、病院の資料をパワポや動画でつくるのに、わからないから教えてほしいという内容でした。
そのついでに、全身麻酔についていろいろ聞いちゃいました。

全身麻酔の絶対無は、あれ真我?

私は過去に全身麻酔を5~6回受けているのですが、麻酔の間って時間経過の感覚が一切なくて、完全に「ワープ」しているんです。寝てるのとは、全く違うのです。

20時間のオペでも、1分だって経過している感じがありません。

麻酔がかかる→オペが終わる(え!今からオペでしょう?、いや、もう終わったって何・・?)毎回そんな状態。

先生は麻酔をかける側ですが、ご自身も麻酔をかけられる側になられたご経験が2回あり、実際ワープだった!と、意見合致。
それに女性の患者さんはワープに気づく人が多く、今日麻酔をかけた患者さんも何回も何回も「え!時間の感覚なかった!え?え?」と言っておられたとのこと。男性はぼーっとしててそのようなことを言う人は殆どいないとのことでした。

私はこれ、女性は右脳意識が強く、男性は左脳意識が強いために起こることかしら?と思います。右脳意識が強いとワープが強烈な感覚として自覚できるため、なんでなんでなんで!と声に出して医師に訴えかけてしまったり。

実は、全身麻酔下の状態(完全なる無の世界、絶対無)と、所謂「真我」の状態は同じ、、ということを本で知りました。
ラマナハマルシは、気絶の状態も同じと。
真我状態は、時間は存在しない。

要は、私は真我を何度も体験していたわけです。(ちゃんと体験できてたかはさておき、人と比べようがないし表現も難しい)

どのような状態かというのは文字にすると陳腐になり、全然違う感じになってしまうように思えます。

でも確かにちまたで言われている通り、完全なる無の世界に1秒くらいで急速に突入していく、あの意識の消えゆく様は、睡眠とは全然違うし、そこは幸も不幸もなく、至福と言えば確かに至福です。この物質的な幻影世界は消滅しました。

が、全身麻酔なので薬剤が切れたら急速に意識が復帰します。

時間がなかったあの世界は一体なんなんだ?あれはなんだ?とかなり色濃く自分の中で思い出されるのでした。

先生は「意識について調べてみる、言われてみて初めて確かに~って思った」と言ってくださったので、また先生とお話できる機会を楽しみにしております。

意識に興味がある私は、もうSNSはいらんとです。(何故急に九州風?♪)

もういらん、と思っていることは、思い切って手放してみると、その空いたスペースに願っていた情報や繋がりや、何かしら入り込んでくるかもしれません。

スペースが空かないと、新しいものは入ってこない、これは法則なのです。

ありがとうございました。

03日記
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精神ぷらりたび(前題:海外ぷらりたび)

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